昨日の夜考えたことから~若草物語
2011年 02月 17日
アフリカやフィリピンやラテン系の人たちと接していると、
その人間関係の深さと温かさに本当に驚かされます。
でも、日本も一昔前までは、同じような人間関係があったんですよね?
まだ私が子供だった頃は、その名残が残っていたような気がします。
大人たちが自分の子供のことだけじゃなく、その地域の
子供たちのことを心に留めている空気があり、親や学校の先生が
尊敬されていました。私が知る限り、幼稚園から高校までの友達で
不登校になったり、自殺したりした人は1人もいなかったのです。
大人になってからは違いますが。。。
たった何十年かの間に、私たちの人間関係は、
「自分さえよければ」というものに変えられてしまったようです。
子供の頃、大好きだった本、「若草物語」の冒頭のシーンは、
夫を戦場に送って、子供たち4人と一緒に留守を守っている
マーチ夫人が、近所のシングルマザーの家庭のために、
食事を届けに行くエピソードから始まります。
自分の家庭だって経済的に大変な状態なのに、もっと苦しんでいる他の人
のことをちゃんと知っていて、自分が持っているものをさりげなく、
「分け与える」姿を子供ながらに新鮮に感じました。
登場人物の多くがいつもあたりまえのように、自分以外の人のこと、
自分の傍にいる人のことを心に留め、自分にできることをさらっと
(時には犠牲を払って)行います。
たとえば、父危篤の報を受けて、戦場に行かなければならなくなった
母のために、次女ジョーが自分の髪を売って旅費を作ったり、
4女べスが、隣のお金持ちだけれど寂しい老人のために、スリッパを
手作りして贈ったり、そのお返しにその老人がべスにピアノを贈ったり・・・
昨日、いろんな話を聞きながら、日本で自殺が減らない理由は
人間関係が希薄になったことにもその一因があるのではないか?
とつくづく感じさせられました。
辛いことや苦しいことがあっても、
支えあい、助け合う関係があるならば、
なんとか乗り越えていけるものなんですよね?
強い人は弱い人を助ける (弱くても困っている人を助ける)、
持つ者は、持たない者に与える (持たなくても困っている人を助ける)
全員国籍も年齢も違うけれど、尊敬している仲間たち。
話は尽きませんでした。
私が今、時間の多くを一緒に過ごしている人たち・・・
その人たちは、本当に神様からの特別な贈り物。
いろんなことがありますが、本当にいろんなことがありますが、
「愛する」ということを学んでいます。
神様、あなたに心から感謝します!

