言葉のうしろにある心
2011年 02月 18日
私は、よく正直すぎると笑いの種になるくらい、嘘をつけないタイプ。
子供のころも、よく母にそのことで笑われたものです。
だから、人の言葉もそのまま受け取ってしまいがち。
でも、言葉のうしろにあるその人の心のほうがもっと
大切だと感じるようになりました。
理不尽な怒りをぶつけられる時があります。
たいてい、そういう時は、私がその方の期待に応えてなかったり、
その方に注意を向けていない時なんですよね?
以前は、そういう時、ただただ戸惑うばかりでした。
でも、最近わかるようになったのは、その怒りの後ろにある
その人の寂しさや痛み。たくさんたくさん拒絶されて生きて
きた人は、たくさんの悲しみを抱えているのだということが、
この年になってやっと理解できるようになってきました。
いろんな人の話を聞けば聞くほど、
人は、なんてたくさんの痛みや飢えを抱えて生きているのだろうと
内心驚くことがよくあります。
私なりの親切を示すと、「もっと、もっと」と要求されて、
結局その要求に応えられなくて、また怒らせてしまう。。。
それが苦手で、そういう方とは距離を置くようになっていました。
でも、最近、年上のある女性の姿を通して
そういう時の対処法を学びました。
批判や分析をしないで、ただ励ます~
その方のいいところを大げさなくらい褒めてさしあげる~
その人の存在そのものを喜ぶ~
そして、適切な距離(こちらから深入りしない。相手が必要としたときに応える。)~
痛んだ心が癒されなければ、どんな素晴らしいアドバイスも、
心からの愛も、ざるに注いだ水と同じ。
残念ながら・・・
寂しい人ほど、愛を受け取るのが上手ではないという現実があります。
誰もがみな、「愛されたい」のです。
さあ、もう一度がんばってみよう!!
伝わらないかもしれないけれど、私なりのベストを尽くそう!!

