「道は開ける」のカーネギーの母のこと
2010年 11月 30日
- 道は開ける 新装版/デール カーネギー

- ¥1,680
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実家父の本棚にもあったこの本の著者、カーネギーのことを
ご存知の方は多いでしょう。実は、私、この本まだ読んでいませんでした。
でも、楽しみに拝読している中井先生のメールマガジンで、
このカーネギーのお母さまのことがとりあげられていたので、興味深く
読ませていただきました。中井先生
から許可をいただきましたので、
こちらでも、転載させていただきます。中井先生、ありがとうございます!
●信じ愛そう 最後はうまくいく
「恐れるな、わたしはあなたと共にいる。」イザヤ43章4
いつの時代も、母親は偉大なものです。
母親なくしては、どんな偉大な人物も生まれず育ちません。
たとえ、世に名前がでることはなくても、苦難のなかで夫を助け、
立派に子どもを守り育てていく母親は、それだけで賢母だと言えるでしょう。
世界的なベストセラー『道は開ける』や『人を動かす』の著者、
デール・カーネギーのの母親もそんな人でした。
カーネギー一家は、アメリカ合衆国のミズリー州の貧しい農家でした。
その地では、大洪水によってトウモロコシ畑や牧草地が数年は害を
うけることもありました。
毎年のように豚がコレラで死に、死骸を焼かねばならないこともありました。
そのような土地柄で、デール・カーネギーの両親は、一日に十六時間も
精一杯働きましたが、借金に追われどおしでした。
畑は抵当にとられ、いくら働いても利子の支払いさえもとどこおりがちでした。
銀行は、父親を悪しざまに罵り、畑を取り上げると脅しました。
そのとき父親は四十七歳でしたが、三十年間も働きつづけた結果が、
借金と屈辱の日々だったのです。
父親は、悩み、身体をこわしました。
医者は、カーネギーの母にこの分だとあと半年はもたないと告げました。
父親は川に身を投げて自ら死ぬことを考えました。
しかし、彼が思いとどまったのは、彼の妻、カーネギーの母親のおかげだった
と、後に語っています。
母親は、神様を愛して、その掟を守っていれば何もかもよくなると信じ、
毎日祈りをささげていたのです。
母親は、毎晩寝る前に、聖書の一章を朗読する習慣をもっていました。
そして、働きながら賛美歌を歌う人でもありました。
「苦闘に心痛に満ちた歳月のあいだ、母は決して悩まなかった。
母は心の悩みをすべて神に訴えていた」(『道は開ける』創元社)
「母は正しかった。最後には、何もかもうまくいった。
父はその後四十二年間幸福に暮らして、八十九歳で亡くなった」(前掲書)
洪水、疫病、借金も、彼女の勇ましい魂を屈服させることはありませんでした。
彼女は祈ることによって、自らを救い、夫、そして家族の窮地を救ったのです。
母親が子どもに与える影響は大きいものです。
カーネギーが後に、自らの苦難にも耐え、人々の悩みを克服するような名著を
書くことができたのは、この母親のおかげでもあるのです。
カーネギーの母が、苦しみの中にあっても続けていたという4つのこと、
1.神様を愛していた。
2.神様の掟(ルール)を守っていた。
3.その上で、何もかもよくなると信じて悩まなかった。
4.毎日祈りをささげていた。
は、クリスチャンである私にとっても、とても大切なことに思えます。
特に3つめ、すごいなあ~~~
幸せな時じゃなくて苦しい時に、何もかもよくなると信じて悩まないって
本当の信頼がなかったらなかなかできないことですから。
そして、その態度が、苦しみの中から誰も想像もできなかった
ような素晴らしいものを生み出していったことを知ることができて
嬉しかったです。
ただの知識ではなく、母親の生き方そのものを見ながら成長した
カーネギーのこと、もっと知りたくなりました。
ぜひ、本を読んでみようと思います。
中井先生は、たくさんのご著書やブログを書いておられます。
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